地涌の菩薩とは、法華経『従地涌出品第十五』において大地より涌出した菩薩衆のことです。
 五百塵点劫と言われる久遠の昔より本仏の教化を受けてきた菩薩であることから本化、あるいは本仏の眷属であることから本眷属ともいわれます。

 

地涌の菩薩の出現に至る経緯

 法華経『法師品第十』以降、釈尊は自らの滅後に法華経を弘めることの功徳を説き、弘経を勧められます。
 それを受け『勧持品第十三』では、八十万億那由他の菩薩が仏滅後の娑婆世界に、いかなる迫害や大難をも耐え忍び、身命を捨てて法華経を弘めることを誓願し、『安楽行品第十四』では、修行の浅い初心の菩薩のために、四安楽行(身・口・意・誓願による修行法)が説かれます。
 そして『涌出品第十五』に至り、迹化他方の菩薩が改めて滅後の娑婆世界における弘経を願い出ると、釈尊は、
「止みね、善男子。汝等が此の経を護持せんことを須いじ」(法華経 四〇八㌻)
と、これを制止されます。
すると、大地の下より六万恒河沙〔※1〕の無量の菩薩、すなわち地涌の菩薩が出現し、釈尊は、自身の滅後は地涌の菩薩が法華経を弘めるであろうと明言されました。
 地涌の菩薩には、それぞれに六万恒河沙の眷属がおり、その身は金色にして光明を放ち、仏と同じ三十二相を具え、その威容は釈尊に勝るとも劣らないものであったとされます。地涌の菩薩には、上行・無辺行・浄行・安立行と名付けられた上首の四導師がおり、四導師が釈尊に対して跪き、弟子の礼をとると、釈尊は、
「我久遠より来是等の衆を教化せり」(同 四二二㌻)
と、久遠の昔より地涌の菩薩を教化してきたことを明かされます(略開近顕遠)。これに対し一会の大衆は、インド出現の釈尊が、成道してより四十年というわずかの期間で、どうしてこれほどの大菩薩を教化できたのかとの疑問を抱きました(動執生疑)。
 この疑問を受けて釈尊は、『如来寿量品第十六』において、仏の真実の成道が実は久遠五百塵点劫の昔にあり、それ以来、常にこの娑婆世界にあって衆生を教化してきたことを明かされます(広開近顕遠)。これによって一会の大衆は、仏の三世常住を拝信すると共に、自らも、仏と共に三世永遠であることを理解して、成仏を遂げることができたのです。
 天台大師の『法華文句』(法華文句記会本―下一八九㌻)では、地涌の菩薩が法華経会座に出現した理由について、
「聞命」…滅後弘通の付嘱の命を聞くため
「弘法」…付嘱された要法を滅後末法において弘めるため
「破執」「顕本」…釈尊の始成正覚(インドに始めて出現し成仏した仏)に対する衆生の執着を破り、                                    久遠の本地を顕わすことを助けるため
と示しています。

 

釈尊より地涌の菩薩への付嘱

 『神力品第二十一』で釈尊は、上行菩薩をはじめとする地涌の菩薩に対し、別して法華経を付嘱し、滅後末法における弘通を託されました。釈尊は、
「要を以て之を言わば、如来の一切の所有の法、如来の一切の自在の神力、如来の一切の秘要の蔵、如来の一切の甚深の事、皆此の経に於て宣示顕説す」(法華経 五一三㌻)
と、法華経の肝心を四句の要法に括って付嘱されたのです。これを結要付嘱といいます。
 四句の要法について天台大師は、法華経の五重玄義(名・体・宗・用・教)を付嘱されたものであるとし、「如来の一切の所有の法」は名玄義(名目)、「如来の一切の自在の神力」は用玄義(力用)、「如来の一切の秘要の蔵」は体玄義(本体)、「如来の一切の甚深の事」は宗玄義(目的・因果)、「皆此の経に於て宣示顕説す」は教玄義(諸経に勝れる教相)を表わすとされます。
 結要付嘱とは法華経についての一切すべての付嘱で、これ以後の法華経の所有者は釈尊ではなく、地涌の菩薩へと、一大転換されたことを意味します。

 

末法出現の地涌の菩薩

 日蓮大聖人は、自らが末法出現の地涌上行菩薩であることを御書の所々に示されています。『四条金吾女房御書』に、
「明らかなる事日月にすぎんや。浄き事蓮華にまさるべきや。法華経は日月と蓮華となり。故に妙法蓮華経と名づく。日蓮又日月と蓮華との如くなり」(御書 四六四㌻)
とありますが、末法万年の闇を照らす「日月」と、濁世に染まらない「蓮華」は、いずれも地涌の菩薩の徳として法華経(法華経四二五㌻・五一六㌻)に説かれているもので、大聖人は、「日蓮」を名乗られた立教開宗の時より、末法出現の地涌上行菩薩であるとの自覚のもと、忍難弘通の御化導を開始されるのです。
 さらに大聖人は、『百六箇抄』に、
「久遠名字已来本因本果の主、本地自受用報身の垂迹上行菩薩の再誕、本門の大師日蓮」(御書 一六八五㌻)
と、自身が上行菩薩の再誕であると同時に久遠元初自受用身の再誕であることを明かされ、上行菩薩は久遠元初自受用身の垂迹であると示されています。つまり日蓮大聖人が上行菩薩の再誕であるというのは外用の姿、内証は久遠元初の御本仏なのです。『三大秘法稟承事』に、
「末法に入って今日蓮が唱ふる所の題目は前代に異なり、自行化他に亘りて南無妙法蓮華経なり。名体宗用教の五重玄の五字なり(中略)三大秘法は二千余年の当初、地涌千界の上首として、日蓮慥かに教主大覚世尊より口決せし相承なり」(同 一五九四㌻)
とあるように、大聖人が末法の一切衆生成仏の大法として建立された三大秘法は、釈尊から上行菩薩に結要付嘱された名体宗用教の五重玄であると同時に、久遠元初自受用身の自行化他にわたる内証でもあるのです。

 

地涌の義

 法華経の会座には、六万恒河沙という無量の地涌の菩薩が出現しましたが、末法にはその中の上首上行菩薩のみが、日蓮大聖人として出現されました。この意義について、総本山第二十六世日寛上人は『開目抄愚記』(御書文段一二七㌻)に、末法は総体の地涌の義により上行菩薩一人に地涌の菩薩の意義が集約されることを教示されています。
 一方で『諸法実相抄』には、
「末法にして妙法蓮華経の五字を弘めん者は男女はきらふべからず、皆地涌の菩薩の出現に非ずんば唱へがたき題目なり。日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へつたふるなり。未来も又しかるべし。是あに地涌の義に非ずや」(御書 六六六㌻)
と、大聖人が唱え出された題目が次第に流転し、多くの人々に弘通されていく姿が「地涌の義」であると説かれています。「地涌の義」とは、末法の一切衆生が、大聖人の仏法を受持信行する時、地涌の菩薩としての命を顕わすことができるということを意味します。私たちは地涌の菩薩の自覚のもと、折伏に精進してまいりましょう。

〔※1〕恒河沙 ガンジス川(恒河)流域の砂の数という意味で、無限の数量を表わす譬え。六万恒河沙はその六万倍。

(大白法 令和5年12月16日 第1115号転載)