宗祖御難会(9月12日)

宗祖御難会は、文永八(一二七一)年九月十二日の「竜口法難」を偲んで行われる法要です。 日蓮大聖人は宗旨建立以来、折伏弘通あそばされましたが、「大難四ヵ度、小難数しれず」と言われるように、多くの法難に遭われたことを御教示されています。中でも竜口法難には、特に重大な意義が存します。 この法難は、大聖人との祈雨の勝負に負けた極楽寺良観の謀略に始まります。そして大聖人の国主諌暁に怨嫉していた鎌倉幕府は、表向きは佐渡配流としつつ、内々には斬首してしまおうとしたのです。 丑の刻、竜口の刑場において兵士が太刀で大聖人の御頸をいざ切ろうとした時、突如、不思議な光り物が南東から飛んできました。 太刀取りは強烈な光のために目がくらみ倒れ臥し、他の武士たちも恐怖におののき走り逃げ、ついに大聖人を切ることができませんでした。 大聖人は、この難を契機として、上行菩薩の再誕日蓮としての仮の姿(垂迹身)から、久遠元初自受用報身如来即日蓮という真実の姿(本地身)を開顕され、凡夫の御立場から末法の御本仏へと発迹顕本あそばされたのです。 そこで、総本山では九月十二日に、全国の末寺でもこの日を中心に御難会を奉修し、大聖人に御報恩謝徳申し上げると共に、僧俗異体同心して不惜身命の精進をお誓い申し上げます。  

秋季彼岸会(9月23日)

彼岸会は、春と秋の二季に行われます。 秋季彼岸会が今月二十三日の秋分の日、総本山において御法主日如上人猊下の大導師のもとに奉修されます。また、全国の各寺院でも執り行われます。 仏教では、悟り・成仏の境界のことを「彼岸」に讐えます。 爾前経には、釈尊在世や正法・像法時代の菩薩たちが何度も生死を繰り返して六波羅蜜等を修行し、悟りを得ていくことが説かれています。しかし、私たち末法の衆生は、爾前経の修行法では成仏の彼岸に到ることができません。末法の衆生が成仏に到るためには、御本尊様を信じ奉る以外にはなく、それによって即身成仏の大利益を戴くことが叶います。つまり、一人ひとりが正しい信心修行に励み、仏国土実現をめざしていくことが彼岸の本義といえます。 お彼岸といえぱ、先祖供養が習わしとなっていますが、このように重要な意義があるのです。 彼岸会には、所属の寺院に家族と共に参詣し、先祖代々をはじめ亡くなった方々の塔婆を建立して、回向をすることが肝要です。 令和3年9月1日号(第1060号より転載)